ヒストリー:横浜商 逆転サヨナラ勝ちで7年ぶり決勝進出
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1997年07月30日
Y校(横浜商)に勝利の女神がほほ笑んだ瞬間、どんよりした曇り空を切り裂くようにスカイブルーのメガホンが舞い上がった。だれもが「最後の攻撃」と覚悟して臨んだ9回裏だった。これまで横浜のエース松坂大輔(2年)の前に2安打8三振に抑えられていた打線が突如火を噴いた。連打と犠打でやっと巡ってきた1死二、三塁のチャンス。「オレが決めねばだれが決める」と気合十分で打席に臨んだ阿部洋輔捕手(3年)の当たりは右前適時打となり同点。なおも1死一、三塁で松坂投手が暴投。重田知彦内野手(2年)が生還し逆転サヨナラ勝ち。7年ぶりの決勝進出を決めた。
守りに守って守りぬいた試合だった。エースで主将の青山修(3年)が12安打を浴び、1回を除いて毎回得点圏に走者を背負った。しかし再三のピンチも野手の捨て身の好守で切り抜ける粘りで流れを引き寄せた。
菅野敦史監督(37)は「こんな苦しいゲームが本当にあるのかと思うほどだった」とホッとした様子。青山は「本当に全員で勝ち取った勝利だった」と笑顔を見せた。腹を割ったミーティングを重ねた。センバツ出場で「燃え尽き症候群」に陥ったチームを再建。「気持ちは一つです。次も全力でいきます」と、意気揚々と球場を後にした。
まさかの逆転サヨナラ負けに中島周二主将(3年)はぼう然としていた。5回表、同点のホームを踏んだ時に捕手と接触し右ヒザを強打。交代を拒否して出場し続けた。8回に勝ち越しの右前打を放ってベンチに退いた。「痛みで集中力がなかった。気力だけでした」。勝利を信じてベンチから声援を送ったが敗れてしまった。「勝てるチャンスはたくさんあった。後輩にはこの悔しさを忘れないでほしい」と唇をかみしめていた。
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